再復刊51号 巻頭言

「修行の流れ」

高歩院 垣堺玄了

 僧堂の一日は、朝課に始まり参禅、粥坐、日天掃除と続き、 昼は作務、晩からは、薬石、昏鐘坐、参禅、夜坐と判を押したよ うに決まっている。一、六、三、八のつく日は托鉢、二、五、七、十のつく日は講座。このような生活を続けているうちに考えなく とも自然に体が動くようになっている。そうなると全てが坐禅・ 参禅の一点に集結するようになる。托鉢も粥坐も作務も斎坐も坐 禅・参禅に向かっていく。托鉢から帰って斎坐を戴くと八つ喚鐘、作務が終われば昏鐘坐があり参禅。開枕(かいちん)すれば夜坐、朝の振鈴(しんれい)が鳴れば朝課、喚鐘(かんしよう )と。坐禅と参禅が日常の生活から切り離されていない。これは僧堂の規矩 がそうなっているので、流れとしてそうなっている。流れの中に拈提(ねんてい )があり、流れの中に作務がある。しかも、すべて鳴り物で動き時間も決まっているので、条件反射的に身体も心もスットその場に当てはまっていく。僧堂は守られた環境の中で修 行できるからこんなに有り難いことはないとよく言われた。

 数学者の岡潔先生は流れが自分か自分が流れか分からなくな るという感覚が必要だと仰っている。修行は須らくそうだと思う。 坐禅、拈提、参禅が日常の生活から切り離されていると流れにな らないと思う。居士の方にもこの流れが身体にしみ込んでいる方 がいる。会話や態度に滲み出て来るものが違う。これはやはり、 禅が日常生活から切り離されていないのだと思う。サア、坐禅しよう、サア、拈提しようでは流れが切れている。
 精拙老師は浅草の玉乗りを見て、これが普段も続けばなと仰っ たそうである。玄中老師もサア、やろうと思っているうちは本物でないと仰っていた。それだけせっぱつまった状態が必要だとい うことだと思うが、長い修行期間にはそうはいかない時期もあると思う。その時に流れが身体にしみついているかどうかが重要なこととなると思う。身体にしみこむまでには時間がかかる。雲水でも初めの一年は規矩についていくので精一杯、相当苦痛である。 流れに心も身体も逆らっている。二年めで少しずつ身体にしみこんで三年めでやっと考えなくても動ける感覚が出て来る。四年めで流れに乗っている実感が出てくる。石の上にも三年とは良く言ったものである。動静一如にして掃除や作務を大事にする。雲水、居士に関わらず掃除、作務が二の次、三の次になっている人はや はり坐禅・拈提も弱いようである。
 社会人がこのことを日常の生活で実践するのは正直言って大変難しい。サラリーマンは特にそうであろう。だから修行を含む自分の生活リズムを作り、それを護持して身体にしみこませることがとても大事になってくる。僧堂のように決まった事を 決まってやっているばかりではない。むしろ、例外処理が仕事となっている人も多いと思う。責任が重くなればなるほどこの傾向は強いはずである。だから、本当はせぬ時も、する時もないが、敢て言えば、せぬ時の心持ちをどのように構築するか、いかに坐禅・参禅に継ぎ目なく繋げるかということが大変重要となってくる。簡単なこと ではないが、出来なければ、いつまでも、温めては冷め、冷めては、温めての連続で 終わってしまうと思う。坐禅で培った力が潜在的に我々に常に働きかけてくれるのと 同じように、せぬ時の心の持ち方が坐禅・参禅に無意識に働きかけてくれる。二兎を 追うのは難しいことであり、大変苦しい時間になるかもしれないが、一度感覚を掴ん でしまえば、それこそ、自転車に一度乗れれば一生乗ることが出来る」ということ になっていくと思う