鉄舟再復刊65号 巻頭言

般若心経(七)

垣堺玄了

( しん ) ( ぎょう ) とは、すなはち ( はん ) ( にゃ ) の心なり。此の般若の心は、一切衆生もとよりそなはりたる心なり。

 

愚痴無明のくらきにもくらまされず、煩悩妄想のけがれにもそまず。元より生ぜず滅せず、故に生死の ( ) ( てん ) をもうけず、有にあらず無にあらず、中道にも ( とどま ) まらず、本来空寂にして、取る事もあたはず、 ( ことば ) にもいひがたく、心をもって ( はか ) りがたし。一切の想をはなれたり。釈尊一代の間、色々にとき給へども、終にとき ( つく ) すこと能はず。神妙ふしぎなるもの。

拙訳

(ここまで一休禅師は経題の説明をされて参りました。今回と次回でそれが終わりになります。今回は心経の心ということについて説かれます)

心経の心というのは、普通にいう心ではありません。般若の心ということです。(般若の説明は(二)のところでされておりますが、智慧ということです。ですから般若の心というのは、仏法でいうところの智慧に開かれた心ということです)

この智慧に開かれた心は、実は誰もが生まれながらに持っているものなのです。気に入らないとフクレテみたり、自分のことに夢中で他人のことなど、おかまいなしとなっても、それにくらまされることもなく、また少しも汚れることはないのです。

この心は始まりもなく、終わりもない生き通しの心です。その姿を拝見することも説明することもできませんが、ジッと私どもの大本として静かに佇んでおられるのです。

ですから、お釈迦様もこれを説明することが、ついに出来なかったといわれるのです。

 

解説

さて、いよいよ経題(お経のお名前)の説明の最後から二番目となりました。「摩訶般若波羅蜜多心経」の「心経」の「心」についての説明になります。

クリスマスの季節になると、クリスマスキャロルをいつも思い出します。欲張りのスクルージ爺さんがクリスマスの晩に夢を見て、自分の強欲を恥じたのですが、それから人がまるで入れ替わったかのように温かい心で奉仕したという話です。ストーリーは単純ですが、この話に共感して思わず涙ぐんだ人も多いのではないでしょうか。

それでは、この温かい心はこの時に生じたものでしょうか。答えはノーですね。もともと、スクルージ爺さんの心の中にこの温かい心はあったのです。それが強欲に覆い隠されて出てこなかっただけです。

この温かい心は強欲にくらまされることもなく、汚されることもなくスクルージ爺さんの心の奥深くに佇んでいたのです。だから一晩で表に出ることがてきたのです。

また、スクルージ爺さんの心だけにあるのではなく、どの人にも共通だと認識できますね。

この般若の心というのは、今お話したことに似ています。誰にでもある。しかし、強欲だけでなく、忙しさ、騒がしさ、好き、嫌い、美しい、醜いなどの普通の心の為に覆われて表に出てこないだけなのです。

そして通常の心にくらまされることもなく、汚されることもなく誰にでも存在しているのです。

根源、本源といっても良いと思います。それを般若の心と称しているのです。

温かい心よりもっと、ずっと奥深いところにありますので、スクルージ爺さんのようには出てこれないだけなのです。

出て来るには、我々の普通の心の何重にもある壁を乗り越えてこなければならないのです。

この事を初めに気が付かれたのはお釈迦様ですが、その後仏法の修行によりこの心に気づいた人は一人や二人ではありません。千人万人でもありません。もっともっと多いのです。

しかし、その人口比率は0.01パーセントとかもっともっと低いのでしょう。ですから温かい心のように誰もが気づく心とは違って、多くの人がその存在に気が付きません。

世界人口を80億人とすると、0.01パーセントは80万人です。決して少ない人数ではありませんが、比率となると1万人に一人ですから、普通の人には、にわかに、信じられないだけなのです。

お釈迦様は初めにこのことに気が付いた時、説明するのをためらったとのことです。それは、誰も信じられないと思ったからです。事実お釈迦様のことを知る人たちに説明しましたが、やはり誰も信じなかったそうです。しかし、以前のお釈迦様と様子が異なることに気付き、その教えを聞いたそうです。

「般若心経」とは、そのような心について説かれたお経ということです。「智慧のお経」と呼ばれます。

                                  合掌                                          

                                        続く

参考文献

「一休法語集註解 般若心経提唱」 青年修養会編

国立国会図書館デジタルコレクション