坐禅儀提唱(七)


 ここまで、坐禅の諸注意を述べ、最も肝要なのは「莫思量(まくしりよう)」、「一切の善悪すべて思料すること莫れ」であると示し、今回のところに入ります。

 

(しか)るに道高ければ魔盛(まさか)んにして、逆順(ぎやくじゆん)万端(ばんたん)なり」

 道を上るにつれて魔は盛んにして逆境も順境もたくさん出てきます。道高ければとは、自分が高まっていくということと、自分の志を更に高めるという二面があると思います。最初は何が何だか分からず坐禅する。足が痛くて三十分もできない。それに負けず努力する。そのうち、接心にも参加する、参禅もする、本も読むとなってくると色々なことを考えるようになる。坐禅することや参禅が楽しくなってきたり、公案に苦労すると、こんなことやって何の意味があるのか等と「逆順万端」です。「莫思量(まくしりよう)」と、順境も逆境も共に相手にしないことが大事です。順も逆もそのままにしておく。そのままにしておくというと何もしないのかと疑いますが、そうではありません。現在の状況をそのまま受け止めてその状況に合わせて対応するということです。順であれば、もっと志を高くして、逆であれば、それをバネに全力を尽くす。志を高く持つことが必要です。頭では分かるでしょうが実践するとなると難しい。八難といって佛道に入ることを妨げるものが八つあります。その中に世智弁聡(せちべんそう)がありますが、世間における分別才覚です。いわゆる聡明ということです。これがかえって佛道に入ることを妨げるといいます。 莫思量(まくしりよう)()の如く()の如くです。

 

(ただ)()正念現前(しようねんげんぜん)すれば、一切留礙すること(あた)わず」

 一切留まることなく坐禅、公案拈提(こうあんねんてい)、行住坐臥であれば、それが正念現前であると。これでは説明になりませんが、こいうところを頭で考えはじめることがもう次で述べる魔境なのです。

 

「楞厳経、天台の止観、圭峰の修証儀のごとき、(つぶさ)に魔事を明ず。あらかじめ不虞に備わる者の如きは、知らずべからざるなり」

  楞厳経(りようごんきよう)には五十くらい魔境が書いてあります。天台の小止観にも事細かく書いてあります。圭峰の修証儀にもあります。それを読んでおきなさいと親切に言って下さっています。そんなものに構っている閑があるんだったら祖録でも公案の一つでも拈提(ねんてい)しろということでしょう。

 修行が進んでいくときに、気を付る一つは惰性に陥ることです。禅の修行は、長期間に亘ります。知らずのうちに惰性に陥る。その惰性のところに魔境が入ってきます。魔がさすということです。前回紹介した山中教授のように、自分は何のためにこれをやっているのか、その初心は何だったんだろうということを心の中で常に唱えていれば魔境の入りこむ隙はありません。

 

「もし(じよう)を出でんと欲せば、徐々として身を動かし、安詳(あんじよう)として起るべし。卒暴なることを得ざれ」

 「徐々にして身を動かす」禅定を切らないことですが、これは一人で坐禅しているときの話です。鉄舟会でみんなで坐禅しているときには、チーン・カチカチと鳴ったら、皆んなに後れを取らないでぱっと動く。それが逆に禅定を養うことだと思います。

 

「出定の後も一切の時中、常に方便をなして定力を護持すること嬰児(えいじ)を護るが如くならば、即ち定力成じ易かるべし」

 坐禅を切ったあとに、定力を護ること赤ちゃんを護るようにすれば、定力がついてくるぞと。

 僧堂には、定力を養うための方便が色々なところに組み込まれています。大接心を挟んで地どり、練り返しの小接心で一か月が構成されます。大接心は作務を放免しますから、朝昼晩と喚鐘があります。小接心では朝晩と喚鐘がありますが、その間は作務、托鉢などをします。大まかに言うと、大接心は坐禅を中心に静で坐りきる。小接心は作務托鉢を中心に動で坐りきる。僧堂の作務は走って道具を取りに行き、走って現場へ行って、猛烈なスピードで作業して、また走って帰ってきます。午前中の作務が八時から十時半まであり、十時半から斎坐になります。作務はもちろん作務着ですが、斎坐は衣に着替えるわけです。作務が終わって斎坐に入るまでに二分位しかない。道具を片付けなきゃいけない、何もしなきゃいけないと、そこからダーっと僧堂に帰ると、着替えに一分位しかない。一分で脱いで着て手巾(しゆきん)も巻いて持鉢ももって整列しなければいけない。それでもう時間通りに出てなければ直日さんから「何やってんだ!」ということになるわけです。ぎりぎりまで働いて、ぎりぎりの時間で支度をする。そういう状態で斎坐に向かって、一挙に動から静に向かって行くわけです。その間が非常に詰まっているから、何も考えることが無い。これが動で坐るといった意味です。

 

 大森老師も鉄舟会で「間を締めろ!」と常に言っていたと聞いています。嬰児を護ること云々とありますが、こうやって間を絞めていく。そうしないと定を護持することなどできません。

 

「禅宗四部録 坐禅儀提唱」(平成三十一年三月十六日 提唱を抄録)